スプートニク2号






「ああ〜〜っ、もう信じらんね!」

ストローを咥えた唇を尖らしてさっきから本宮は。
なんでタケルと二人でなんてって、何故そんな事に拘るのか……。答えは明瞭、その日待ち合わせ場所に来たのが、僕と高石二人だけだったから。
高石がどこか僕に対して、冷淡な態度を取りつづけていた事。僕がそれに過剰に反応していた事。
本宮は彼なりにそれを杞憂していて、でも僕がその日の出来事を、案外面白そうに話したことが意に添わない。

「俺だってなあ、じいちゃんのお見舞いなんて無理矢理行かされなきゃなあ、一乗寺と未来館行きたかったぜ。結局、じいちゃんすげー元気でさー、なにもあの日に行かなきゃなんない訳じゃなくて単にオヤジの都合だけでさ」

いつまでも気の収まらない本宮が少し可愛く思えて、僕は思わず噴き出した。
それで本宮がちょっとむっとして、慌てて僕は口元を手で覆って笑いを噛み殺す。

「ごめん、ごめん。今度二人で行こうよ」

それでようやく、仏頂面なままだけれども、少し機嫌が直る。
僕もほんとは君が居たらどんなに楽しかったろうって。
高石には悪いけど、最初はそんな風に思ってた。
館内を回るうちにそんな事、気にならないくらいに夢中になってしまったけど。




でもね、本宮。僕は、思い出してしまったんだ。それは太陽を観測する衛星「ようこう」を見た後で。
発光ダイオード製で、刻々と表面の模様が変わる巨大な地球の模型を目の前にして。
何かのスイッチが入ってしまったかのように、僕は数年前の出来事にすっかり取り込まれてしまった。








**********










「賢、むかし宇宙に行った犬が居るんだよ」

治兄さんは、久しぶりに穏やかな口調で僕に。
僕はなによりそんな兄さんが嬉しくて、じっと兄さんの口元を見詰めた。

「昔、北の大国がまだ違う名前で呼ばれていた頃、ロケットに乗って初めて宇宙に行ったのはライカ犬なんだ」

「へぇ〜っ!すごいや。その犬、宇宙から地球を見たんだね」

僕はロケットの窓から地球を見下ろす犬を思い浮かべて、羨ましんだ。

「……どんな気持ちで見ていたんだろうね。音のない世界、果てのない世界。たった一人、狭いところに閉じ込められて、地球をぐるぐる回って」

兄さんはぼんやりと遠くを見るような目をして、しばらく黙り込んで。僕はそれが何故かすごく不安になって、兄さんのシャツをぎゅっと握り締めた。

「僕はライカ犬になりたい。たった一人、何もない世界で、今僕達の住んでいるこの地球を見つめていたい。何度も何度も回りながら」

兄さんが呟いた言葉を聞いて、僕はびっくりして息を吸い込んだ。と自分でも驚くくらい、大きく喉が鳴った。兄さんの顔がゆらゆら見えて、喉がすごく痛くなって。
そしたら、兄さんは僕の背の高さまで屈んで、目を覗きこんでやさしく言った。


今も僕を息苦しくさせるその言葉。









*********










かなりの時間、ぼんやりしてたんだろう。肩を大きく揺さぶられて気付いた。本宮が僕の名を呼んで。せっかく機嫌が直りかけたところ。

「あのね、昔ライカ犬っていうのがロケットに乗って宇宙に行ったんだって。その事を思い出してたのさ」

へえ〜なんて大きな目をさらに見開いて。

「打ち上げられたあと軌道に乗って、犬は地球を一周したんだ」

「犬の癖にすげ〜なあ!」

「たった一人で宇宙に放り出されて、僕がその犬の立場だったら、どう感じたんだろうか。ライカ犬の一生に比べたら、どんなにひどい一生でもましだっていう映画の中の台詞もあるんだよ」

「まさか……犬は今も!!」

ちょっと青ざめて、本宮は勢い込んで叫ぶ。回りの席の何人かが僕達のほうを振りかえる。
僕は頬が熱くなるのを感じる。

「昔の事だから、ロケットなんて打ち上げっぱなしなのかと思っていたんだけど。ちゃんと生還したそうだよ。」

そっかーと安堵して勢い良く椅子の背に体を預けて。君の反応は、ほんとまともで、なんか僕は安心する。









ライカ犬になりたがった子供。叶わなかった夢の行く末。ライカ犬のその後を知りたくて、僕は長じて後にインターネットを使い、調べた。
……そして僕は泣いた。

『数多くのデータを残した後、あらかじめ餌に混ぜられた睡眠薬で8日後に死亡』








短い生涯でほんの少しの間だけ、輝かしいとされる日々を送り。ほんとは何を思っていたのか、今となってはわからない。その目に映ったものは、なんだったろう。
僕は今も耳の奥で、その言葉をクリアに蘇らせる、何度も何度も繰り返し。
こんな風に、初夏を思わせる日差しのファースト・フードの店内で笑いさざめく人々の中に居てさえ。
今はもう、その言葉に切り刻まれるような痛みを覚える事がなくなったのは、悪戯っぽく僕に笑い掛けてくる友人がこうして目の前に居るから。僕は何故だかかなり懐かしく嬉しく、その言葉を噛み締められるように。





あの日、穏やかに微笑んで、兄さんが僕の目を見つめてやさしく問う。





「賢も一緒に来るかい?」














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