ストレッサーズ





「もっと、ちゃんと動いてよ。」

軽く揺すり上げるとふわっと持ち上がった黒い髪が、一乗寺の白い頬を打つ。それを見たくてボクは中途半端に何度も同じ動作を繰り返す。小さな声を上げて、後ろ手に僕の脚を掴んで。なんとかこちらの要求に合わせようと、ぎこちなく腰を震わせて、一乗寺はうっすら目を開け、もの問いたげに僕に視線を合わせてくる。
「駄目だよ、そんなんじゃ。外れちゃうでしょ。」
見下ろしてくる視線にぞくっとして、思わず口をついて出る。この体位ってとりあえずラクだ。でも、一乗寺はバランスとりにくそう、前後にぐらぐら傾ぐ上半身を支えてあげると、擽ったいのか身を捩る。
「無理だよ。」
一乗寺が頭を振る。ガラスにでも映るみたいにぴったり頭に張りついてた薄いカーテン越しの光が、さらさら音がするみたいに散らばってまた戻る。つき出されたなだらかな胸、細い腕の影が横切っていて。冷たくて真っ白だった一乗寺が全部暖かい色に染まって、そっかあ、もうそんな時間だったんだ、なんて。ここにいると何だか変な気分。箱の中の箱のそのまた箱の。



「どうして無理なの?もう疲れた?」
どうなんだろう、こんな休日の過ごし方。乗員ぎりぎり二名の箱船で難破したフリして。
「頭が・・」
言われてボクは天井に目を向ける。
「あはは、頭つっかえちゃう?」
笑い事じゃない、と言いたげに一乗寺がボクを睨む。二段ベッドを改造したロフトベッド。こんな事には向いてないのは確かなんだろうけど。
「こっち、おいでよ。」
腕を引っ張って抱き込んだ体はやっぱりひんやりしてる。
「前は大丈夫だったような気がするんだけどなあ。」
耳の傍、一番髪の毛の長い所。口に入って来そうなのを吹き飛ばして、そんなことにまで震えて締め付ける、ボクを呑み込んだままの一乗寺になんだか可笑しくなる。
「・・小学生の頃の話じゃないか。」
「大きくなっちゃったんだね、ボク達。」
「だから僕は嫌だと言ったんだ。」
眉根を寄せて、苦しそうなのは、無理な姿勢のせい?よいしょ、って体を起こして態勢を入れ替える。頭がつかえる、という程ではないけれど、相当の圧迫感だよね、これは。
「あはは、よっぽど焦ってたんだね、ボク。」

久しぶりに来た一乗寺の部屋。記憶と変わってなくて、懐かしくて。渋る一乗寺を無理矢理引っ張り上げて。なんでだろうね、こんな狭い所でくっつきあってたら、そしたらもう時間のたつのなんて。

くっつきあってるだけじゃ駄目で、ゆっくり始めて、狭くて身動きとれなくて、くすくす笑いながら・・の筈だったんだけど。

「ねえ、思い切り頑張ったら壊せるかな、このベッド。」
腱の浮いた柔らかな膝の裏、押し上げて。影になった辺りから抗議の声、唇押しつけると笑い声に変わる。
「やれるものなら、やってみれば?」
「・・言うようになったねえ、一乗寺さん?」

頭がつかえるのはやっぱりイヤだし、天井ってけっこうホコリがあるんだよね、声の調子が変わるまで口付けて、規則的に揺さぶる。どっちが先に音を上げるかな、どっちも軋んで呻き声上げてるけど。狭い空間に圧迫されて、君の中で圧迫されて。ボク達バターになっちゃうよ、なんてさ、違うよね、確かあれは。



「結構、壊れないもんだよねえ。」
シーツにぐりぐり押しつけたもんだから、ぐしゃぐしゃにもつれた後頭部を丁寧に梳いてやって。細いからすぐもつれちゃうんだよね、一乗寺の髪って。
「ボク達もまだまだって事だよね。」
「・・なんだよ、それは。」
終わった後の一乗寺はいつも少し不機嫌だ。いつもなので、ボクもあまり気にしないで話を続ける。
「修業が足りないっていうかさあ。」
「・・何の修業だよ。ああ、質問じゃない。言わなくていい。」
そこまで言われちゃ、懇切丁寧に教えなきゃって思っちゃうんだけど、不機嫌そうなんで止めておいた方が無難かな。


「・・別に。壊れたって構わなかったんだ。」
枕に突っ伏してるせいなのか、ボクに聞かせるつもりなんかないのか、一乗寺の声はくぐもっていて。
「大変じゃない、壊れちゃったら。」
後頭部のもつれは大体解けた。掬い上げて、落とす。一乗寺は煩そうに頭を振る。掌一杯に掴むように差し入れて、小さな頭の丸い感触と指の間にくすぐったい、細い柔らかい髪の。
「高石、僕の頭はボールじゃ・・。」
「嫌いなんだ?このベッド。」
「好きも嫌いも。」
「ボクは好きだけど。二人っきりで暗い箱に閉じ込められましたって感じでさ。」
「高石と二人でなんて御免だな。」
声に笑いはなくて、それがなんだか段々。
「それ、ひどいんじゃない?」
「何の代わり映えもしないだろ。」
それに、と一乗寺がこっちに向き直る。
「もう、そろそろお払い箱なんだ。十年以上になるし。」
「そんなに長く使ってたんだ。」
「ずっと二人で使っていればとっくに寿命が来てたんだろうけど。」
「う〜ん。その前に耐えられないよ、中学にもなって二段ベッドだなんて。」

すれすれの会話だな、と思う。一乗寺はお兄さんの事をあまり話したがらない。ボクもお兄ちゃんに関しては愚痴しかない様な状態だから笑いを取るのに使うぐらいだし。
「そうだな・・もう僕も大きいんだし。」
「名残惜しい?」
「まさか。」
なんだかはぐらかされてる気がして、起き上がろうと肘の辺りに力を入れた所を押さえ付け、口の中で呟く言葉、引き取って飲み込んで。バン、と大きな音、思わず手摺りを蹴りつけていた当の本人が一番驚いて、ボクの腕の中体を強張らせる。

「壊したい?壊そうか?」
さっき中で放ったせいで柔らかくぬめるそこを乱暴に掻き回す。
「やめろよっ」
「多分無理だと思うけど。揺すったぐらいじゃ。」
あんまり容易くボクを呑み込むもんだから、全面的に肯定されてるような気になっちゃうよ、丸い柱でよかった、頭と肩を強かにぶつけて一乗寺が呻き声を上げる。
「・・高石っ」
大きく広げた脚が手摺りからはみ出して、真っ白な蜘蛛の足をむしり取ってでもいるみたいだ。足首握って限界まで広げて手摺りに押しつける。きっと痣になっちゃうな、なんて思いながら思い切り腰を引いて何度も打ち付ける。こんなにぐちゃぐちゃなのに摩擦で痛いくらい、物理的な快感より相手を痛めつけたい、思い知らせたい、そんな。一乗寺の押し殺した悲鳴。イヤな音を立ててベッドが軋む。

「ホントに壊れちゃったらどうする?」
「・・やめろよ。」
「このまま下の机に落っこちちゃう?マヌケだよね。」
仰け反って笑って、本当に天井で頭擦って。
「壊せるもんなら壊してみろよっ!」
語尾のかすれた声で一乗寺が怒鳴る。
「出来もしないくせに、こんな・・。」
身を捩って、頭を振って。長めの髪が楕円の軌道を描く。一乗寺が腹を立てた時の仕草。これが見たくて、わざと怒らせたくなってしまうのかな。先を促すように今度は優しく、ボクだって壊せるだなんて思っちゃいない。



「ごめん、一乗寺。」
聞きたい事は聞けたから、謝るのなんて簡単だ。
「いつも君は、人の・・。」
「ごめん。やっぱり嫌いだったんだよね?」
「・・仕方ないじゃないか。ここは僕の部屋で。これは。」
「ごめん、もう言わないから。」

くふん、と一乗寺の喉が鳴る。しかめた眉根が解れていく。優しくするのも簡単だよね、髪をなでて耳に囁いて、気を逸らすように声の上がる場所をついばんで。ボクには壊せない、むしろ片棒かついでる。君を取り囲んで圧迫するもの。わっと叫んで逃げ出したくなるような、そんな種類じゃない、異議申し立てしても理解なんてしてもらえない、贅沢だ、考えすぎだ、で済まされるのがオチだったり。妙に繊細なヤツだって気を回されるのも御免だよね。まともな親が居て住む家があって、衣食に不自由してなくて。それが苦痛だなんて、他に何かしたいことがある訳でも行きたい所がある訳でもなく。

本当に君は優しくされるのに弱いから。紋章の意味なんて今更だけど、見ていて気の毒になるよ、君は優しくされると相手を振りほどけなくなる。だから君に優しくだけはしないでおこうと、無駄に時間を費やして、結局はこの有様。自分勝手に貪って、ボクのことだけはちゃんと嫌いになれるように、ボクは優しくなんてされたくなかったから。皆と同じだなんてイヤだから。何も考えたくなくて、包み込む感触に没頭しようとしても次から次へ余計な事、またぐじゃぐじゃにならないように、一乗寺の頭を抱え起こすと、潤んだ目で見上げてくるのがまた。

易々とボクの感情の抑制を壊してくれる、狡猾で卑怯で傲慢なデジモンカイザー。どんどん深くなるダム、溢れそうになる度に堤防を高くしていって、自信はあったんだ、なのに。
ひんやりした腕が、脚が背中にまわって熱い頬が押しつけられて。全部重なって、お腹に当たる一乗寺の張り詰めた性器、体を揺すると甘い喉声。信頼されてるって、思っちゃうよ、簡単に体開いて感じてくれるんだもの。ごめんね、ってホント、最近こればっかり。出来もしないこと、期待させてごめんね、ボクだって君と同じ、周囲を慮って振り回されてるだけで。

「たかいし・・も・・」
切羽詰まった短い息遣い、お腹でぬるぬると滑る度にひくんひくんって痙攣して、締め付けることも忘れて、快感をため込んで。
「きもち、いい?」
待ちきれなくなる迄 ゆっくり、掴みかけては逃し、またゆっくりやってくる波、今度こそ乗ろうと、少しずつ打ち付けられる腰。イヤな事もイヤって言うだけで逃げもしない、欲しいものもちゃんと欲しいって言わない。一体ボクは君の何なの?

「ねえ、どうして欲しいの?」

一応は聞いてあげるね、答える前に声もなく静かに一人でボクを置いて行ってしまったのは分かってるんだけど。




余韻に浸るってやつかな、おずおずと触れてくる唇を押し止めて。
「シャワー、浴びてくれば?」
できるだけ冷たく聞こえないように。少し申し訳なさそうな顔して、でも、とか、君が、とか。一乗寺が口の中で呟く。ボクはいいから、って口の端を精一杯上げて、通じやしないのはわかってる、でも他にどうしようもなくて。わかった、って、だるそうに、でもさすがだよね、当たり前だけど、軽い身のこなしでハシゴを下りて。すっかり夜の色、一乗寺が消えた後のベッドの上には窓からの光は届かない。
「十年、かあ。」
ボクの知ってるボク達の時間の三倍以上の年月。


汗、ひいちゃったかな、下半身も収まっちゃってなんだかむず痒くて気持ちが悪い。居心地の悪い二段ベッドの上段。何やってんだろ、何やってたんだろう、子供らしさなんて微塵もない一乗寺の部屋。このベッドだけ、半身をもぎ取られて、子供の時から変わり無くあるんだろうか。・・まあ、ボク達は今も子供な訳だけど。

「・・帰ろうかな。」

なんだか急に遣り切れなくなって、口に出したら、存外すっきりしたもんだから、気分が変わらない内に適当にティッシュで後始末して、シャツと短パン、簡単なもんだよね、馴染みがあるようでないような田町の駅前はすっかり夜。帰宅ラッシュ時の乗り換えはスムーズで。海を超えて橋を渡る。ひとりで置いてかれた気分はどう?ボクもひとりなんだけど、君のこと考えると、爽快ですらあるよ。ね、一乗寺。


君はこれでしばらくはボクのこと、考えててくれるよね?













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