ブリア・サヴァランかく語りき


7



「痛ってえ〜!」

振り払おうと、両腕を突き出した所にがつんと固い。

「け・賢?」

砂が当たってるように感じたのは本宮の頭髪で、重かったのは。

「も・・」
「おはよーのチュウか?って、もー昼なんだけどさぁ」
「昼だって!?」
慌てて飛び起きようとして、本宮の頭に頭をぶつけそうになる。
「賢、疲れてんだろーなってさぁ、そんでメシできたし様子見に来たら、うなされてるしで。ヘンな夢でも見たか?」
本宮が僕を覗き込む。
「まあね」
寝起きの顔をじろじろ見られるのって落ち着かない。いつもは逆だからだろうか。
「お家の人は?」
「あ?ねーちゃんは朝からどっか行ったし、母さんと父さんはなんかデートだと」
本宮が立ち上がってカーテンを引くと、室内が日光に満たされ、複雑な軌道を描く埃の粒がいつまでも落ちる事なく舞いながら輝いている。
夜の世界に僕だけとり残されてたみたいだ、光に慣れようと目をパチクリさせているフクロウを連想する。
「賢、アタマすげえ」
無遠慮な手が僕の頭を掴んで揺さぶる。
「そりゃ、寝起きは誰でも・・」
「カワイイな、お前って」
「はぁ?」
僕の頭を引き寄せ、頭突きでもするみたいに額をぶつけてくる。
「・・何だよ」
「目ヤニついてる」
「見るなよ、いちいち!」
何なんだろうこのにやにや笑いは。
「いーじゃん、別に。で、どんな夢見てたんだ?」
「ああ、えーと。ねるねるねるねの・・」
「ねるねるねるねぇ?」
「本宮は知らないんだ、Aの粉とBの粉をキャップ一杯の水で・・」
「そりゃ知ってっけど。てか、ガキのお菓子じゃん。なんでそれでうなされんだよ、お前」
「それは・・」
目の前の人物のリアルさに、夢の蝶番がどんどん外れておぼろげな断片も形を失い。
「・・忘れた」
「なんなんだよ〜」
わざとらしくがっくりしてみせて本宮が布団に倒れこむ。
「仕方ないだろ」
僕も体を折って本宮の傍に頭を落とす。本宮の手がすぐに伸びて来て、僕の髪を梳く。
「追っ掛けられた?」
「何が」
「ねるねるねるね」
「まさか。貰ったんだ」
「はぁ?それでうなされんのか?確かにありゃーすげーマズイけどさぁ」
「しつこいな、もういいだろ」
僕は目を閉じる。
「まぁだ眠いのかあ?おい」
頭髪の中に突っ込まれた指が僕の頭皮を擦る。
「じゃなくて。寝すぎで気分が悪い」
「あー、なるほろ」
一日のスタートからこの醜態。二日酔いで朝から寝ていたパパはこんな気持ちだったのかな。
「あのなぁ、なんてーか。弱音吐いてる賢ってさ」
「弱音?」
「いや、カワイイなって」
「カワイイ?」
意義申し立てするのにオウム返ししか出来ないなんて。
「うん、弱音吐く賢はカワイイ。」
「随分じゃないか」
少しこっちが遅く起きただけでこの言われよう。
「あー。言い方悪かったか。なんてーか、ベリアルヴァンデモンの時とかみてーに」
「また随分な例を・・」
「オレもすーっぐ弱音吐くけどさ、ポイントが違うつーか」
「悪かったな」
「うー。また言い方悪りいか?なんてーか、オレはダラダラずーっと言ってんじゃん?でも賢はずーっと溜めて、ばーっと出すんだなーって」
だから、と本宮は続けた。
「オレ達、おんなじよーなもんなんじゃねーの?」
少し頭がはっきりしてきたような気がして頭を上げる。
「それは、僕がたまに可愛くて、本宮はダラダラといつも可愛いって事なのか?」
「あー、もー、賢、まぜっ返すなよ〜。クチじゃお前にゃかなわねんだからさ〜」
飛び起きて僕にゆるいパンチをくらわす。
「つまりー、お前がぐちゃぐちゃ言ってもオレは全然オッゲて事!」
何発もパンチ。言葉の連打と一緒に。
「だから昨日とかゆーべみたいなのも大歓迎!わかったか?」
手のひらにパンチを受けて、本宮が何を言っているのか一瞬理解できずに。
「返事は!?」
「でも・・」
「ハイは一回!」
「ハイだなんて言ってない!」
「お前、ハラ減ってねぇ?」
「はぁ?」
しゃがみ込んで僕の顔を伺う本宮の表情は真剣そのものだった。
「メシ。メシに呼びに来たの忘れてた」
「・・寝起きだから」
「賢と一緒に食おうと思って、起きんの待ってたのにさー自分だけねるねるねるねに追い掛けられてんだもんなー」
「追い掛けられたんじゃない」
「いーから起きてメシ!ハラ減ってっからそゆ夢見んの」


急き立てられるままに、布団も敷きっぱなしでパジャマ姿でダイニングに追いやられる。せめて顔だけでも洗おうと寄った洗面所では盛大に洗濯機が回っていた。TVの音もかすかに聞こえる。ここんちは例え本宮が一人であってもなんだかにぎやかだ。おそらく、電化製品云々の問題ではなく。

「早くしろ〜」
本宮が暖簾式のカーテンから顔を覗かせる。
「偉いな、洗濯なんかするんだ」
「えぁ?あー、ねーちゃんがうるせーんだよ、ユニフォームやなんかとさ、自分の服一緒に洗うなって」
「あ、そうか、泥だらけだもんな」
「お前のジャージも洗っといたから」
「え?」
「ついでだ、ついで」
本宮はなんでだか赤くなってそっぽ向いた。
「京とかに言うなよな〜」
「さあ、どうだろ」
「あ、コイツ」
本宮が僕の頭を掴んで引っ張り寄せる。
「いーからメシ食えっての!」

そのまま引きずられるようにダイニングへ。そうなんだ、本宮はいつも簡単に無償で誰かにナニカを与えるんだ。僕はその度にどうやってそれを返せばいいのか戸惑って、結局の所何も返せないまま。なんていう恩知らずなんだろう。以前の自分がどうこうではなく、どうしていいのかわからないんだ。なのに借りは返さなくてはいけない、強迫観念にも似た思い込みだけが。投資の対象にされているような。生きているのではなく、生かされている。それに応えなければという。そんな思いに反発するのに精一杯で。

「・・あれ?」
ダイニングのテーブルの上には箸が二組み並んでいるだけだ。
「ちょっと待ってろ」
本宮は腕まくりすると、大きな鍋の乗ったコンロに点火した。
「カレー?」
朝(じゃないか)からはきついな、と思いながら、それにしては匂いが違うな、と。これはむしろ例のあの。
「何言ってんだよ、ラーメンに決まってんじゃん」
・・第一回目の食事としてはどうかという点では同じようなものだ。












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