砂礫の楽園







賢ちゃんへ。
ぼくは悪いデジモンでした。

最初の冒険の時、賢ちゃんを守り切れず、大きな怪我を負わせてしまったこと。
次に再会した時。デジモンカイザーになった賢ちゃんを止められなかったこと。
最後に、パートナーである賢ちゃんに恋してしまったこと。

賢ちゃんがオトナになっても、ぼくのこと、けして忘れないようにって。賢ちゃんの躯に何度も、その印、刻んで。あの女が現れたのは、単なるきっかけに過ぎなくて。ぼくはただ、賢ちゃんをぼくだけのものにしたかっただけ。強烈すぎた快感で気を失った賢ちゃんを、ぼくは退化した後も咥え込んで、イカせてしまった。だってすごく名残惜しかったんだ。そこだけが、ぼくの行為に反応してくれるのが嬉しくて。
きっと、幼年期に戻らなかったら。あのまま、何度でも賢ちゃんを高みに導いていたと思う。そんな貪欲なぼくに、賢ちゃんは、次の日の朝。いつもと同じ、優しい笑顔と声で『おはよう』って言ってくれたよね。ぼくは、夕べのこと、賢ちゃんが覚えていないんじゃないかって錯覚したぐらい。
呆然としているぼくに、賢ちゃんは、急に真面目な表情を作って。ある決意をぼくに述べた。

そのためには、ぼくの力も必要だって。

成長期でしかないぼくにできることなんてあるのだろうか。賢ちゃんに必要とされるのは嬉しいけど。戸惑うぼくに、賢ちゃんは言ったんだ。
『大丈夫。君はちゃんと進化したじゃないか』
顔を真っ赤にして、すぐうつ向いてしまったけど。

その日の夕方。腰の辛そうな賢ちゃんと、デジタルワールドのあの場所に行った。
賢ちゃんが大怪我をしたあの砂漠だ。賢ちゃんは覚えてないみたいだったけど。
悲しそうに、ダークタワーを見つめていた。
『このデジタルワールドをぼくらの力で元に戻すんだ』
あの時の固い決意の眼差しの賢ちゃんは、今でもはっきり覚えてる。

そして、その後の出来事も。

「あら、また来たのね。懲りない坊やだこと」
小馬鹿にしたような笑い声と共に、あの女がまた現れた。
「今の坊やに何ができるというのかしら?」
賢ちゃんがキッと女を睨む。

女は笑いながら、自分の髪をぷちっと引き抜き。
「せっかくだから、ちょっと、遊んであげましょうか」
ダークタワーがデジモンに変化した瞬間だった。

そこにいるはずのない、メガドラモン一体がぼくたち目がけて、すごい勢いで襲ってくる。メガドラモンの低空飛行で舞い上がる砂。まるであの時のように、ぼくらの視界を遮る。
「賢ちゃんっ!」
ぼくは賢ちゃんの足にしがみついて、自分が飛ばされないようにするのがやっとだった。
「坊やには、その足元にいる蟲けらが、やっぱり一番お似合いのようだね」
せせら笑う女。
「この役ただずコンビ」
ぼくはともかく、ぼくのせいで、賢ちゃんがそんな言われ方しなくちゃいけないなんて。ぼくは悔しさでいっぱいになった。でも、どうすることもできなくて。
「……っな!」
賢ちゃんの全身に、ぐっと力が入ったのがわかった。
「ワームモンのことを悪く言うなっ!」
すぐ目の前までメガドラモンが迫ってきている。
「賢ちゃん!」
メガドラモンは攻撃力を徹底追求したデジモンで、狙った獲物は逃がさない。正確な攻撃で必ず相手をしとめてしまう。ぼくは、無我夢中で、賢ちゃんをその場から、立ち退かせなければと、賢ちゃんの足にしがみつく。けれども、賢ちゃんは一歩もそこから退こうとはしない。
「ワームモンはっ!!」
「賢ちゃん!!」
ぼくのことなんて、もういいから。逸るぼくの心。
「ワームモンは一人しかいない、僕の…」
あぁ、ぼくはまた、賢ちゃんを守れずに終わってしまうの。いやだよ。そんなの。絶対、絶対にだ!!

(賢ちゃんは、ぼくのかけがえのない、パートナーなんだからっ!!)
「ワームモンは、僕のかけがえのない、パートナーなんだぁああ!!」

ぼくの心の叫びと、賢ちゃんが叫んだ声とが、交じり合った瞬間。賢ちゃんのD−3から光が溢れ出す。そして、ぼくの体にパワーがみなぎって来る。

「ワームモン進化〜〜〜〜っ!スティングモン!」

「…進化…した?」
「危ない!賢ちゃんっ!」
ぼくは賢ちゃんを抱きかかえ、空を舞うメガドラモンが地面すれすれを切り返して、再びこちらに向かってくる。
「スティング…モン」
腕の中の賢ちゃんがぼくを見ている。ぼくは黙って頷く。

「スパイキング・フィニッシュ!!!」

メガドラモン目がけて必殺技を繰りだした。
真っ向から攻撃を受けたメガドラモンは、あっという間にデータの塵と化す。
「やったな。スティングモン!」
賢ちゃんの笑顔がそこにあった。
上空からぼくらは砂漠を見下ろす。あのメガドラモンはもちろんだけれど、あの女の姿も、もうどこにも見当たらなかった。
地上に降りると同時に、ぼくは元の、ワームモンへと退化してしまった。
そんなぼくに、賢ちゃんは、お疲れ様、とでも言うように両手を差し伸べて、ぼくのことを優しく腕に抱いてくれたよね。



ね、賢ちゃん。あの時から。ぼくたちは二人だけで頑張っていこうって決めたんだよね。
けれども、未来って、本当にわからないものだって思う。
ぼくたちの敵であった、あの子たちと賢ちゃんが仲間になって。ぼくとエクスブイモンがジョグレス進化をしたり。本当に、いろんなことが、あったよね。
楽しいこと。つらいこと。嬉しいこと。悲しいこと。たくさん、たくさんあったけど。
でも、ぼくは、賢ちゃんの側に、ずーーーっといられたことが、一番の幸せなんだ。
あの頃のぼくは、焦ってたんだ。賢ちゃんが大人になってしまったら、もうデジタルワールドに来ることができなくなってしまうんだって思い込んでいたから。そして、いつの日か。ぼくのことも、忘れてしまっていくんじゃないかって。最初の冒険の時みたいに。
だから。ごめんね、賢ちゃん。ぼくには、あんな方法でしか、賢ちゃんの記憶に残る方法が思いつかなくて。それなのに、賢ちゃんはとっても優しくて。

賢ちゃん。賢ちゃんは今、どこにいるの?
ぼくは、デジタルワールドにいます。
賢ちゃんのいなくなったリアルワールドにいて、ぼくの存在意味は、何もないから。
他のリーフモンや、ミノモンの成長は、賢ちゃんの子供たちがみてくれるから。
もう、ぼくはいいよね。

賢ちゃん。最後にもう一つだけいいかな。
あのね、賢ちゃん。
生まれてきてくれて、ありがとう。
また、賢ちゃんと出会えるその日まで。
ぼくはずっと、ここで待っているから。


さよなら。賢ちゃん。



おしまい












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