雨の降る場所





7






暗い森の中で、呻き声は一定のリズムでもって響き渡る。呻き声だったものは次第に、ある明確な言葉を意味する泣き声に変わる。でもその泣き声ときたら、ボクが今まで聞いてきたことのあるどの泣き方とも違う。それは、何かを誰かを求めている訳じゃない。堪らずにボク等は草むらから身を乗り出して様子を伺おうと。小さな子どもが泣いている声。


「お前たち!帰れ!」

小屋の傍らで中の様子を見ていた一人の子が、振り返りざまに叫んだ。叫んだだけじゃなく、再び石を投げつけてくる。その石は一乗寺くんの頭を掠ったようだった。とっさに一乗寺くんが蹲ったのを視線の端で捉えたボクは、いい加減ムカついた。

「石を投げるな!話も出来やしない!」

こういう時は気迫が物を言う。ボクは小屋まで、大またでずんずん近づいていった。後から一乗寺くんと大輔くんが続く。小屋の傍に立つ子がものすごい形相で睨み付けてくる。辺りは一瞬即発の空気を孕んで、ぴりぴりとした緊張感が走る。

「君たちがデジタルワールドに居続けるかどうかなんて、正直なところボクにはどうでもいいんだ。でも必要以上に攻撃的になったり、人質を取ったりなんかは―――」
「どうでも良くは無いだろ?」
「そーだよな」

間髪居れず、一乗寺くんと大輔くんが口を挟む。振り返ってそれを制して、ボクは続ける。目の端で、小屋の裏手に近づいていっているブイモンとパタモンの姿を捉えていた。あともう少し。その間にも泣き声はやまない。これ以上長引かせたくない、何故ならボクはその声を聞いているのが辛くなってきたからだった。

「君たちにも事情があるらしいとは分かってるよ。帰れって無理強いはしない。だからワームモンを……」
「お前たちなんかに何が分かる!!俺たちはなぁ―――」

言葉が終わらないうちに、ブイモンがその少年に飛びついて動きを封じる。パタモンはその子の頭にがっちりとしがみついて視界を奪っていた。

「いまだよ、タケリュ〜〜〜!」

その声に勢いを得て、ボクは走り寄って小屋の中を覗き込む。驚いた子供たちの泣き声は、唐突に途切れた。小屋の中には薄汚れた子供たちが5,6人、膝を抱えていた。ワームモンは部屋の真ん中で途方にくれている。後ろに居た一乗寺くんが、身を乗り出してワームモンを呼んだ。

「無事だったんだね、ワームモン」

迎え入れようと大きく腕を広げたまま一乗寺くんはワームモンを促したけれど、当のワームモンは悲しげな顔で被りを振った。

「ほら!早く逃げよう」
「僕は行けないよ、賢ちゃん」

そうしてる間にも腰にブイモンをぶら下げた少年が、顔にしがみついてるパタモンを振り払ってボク等の前に立ちふさがった。まるで、小屋の中の子供たちを守るように。搾り出すように悲痛な声。

「俺たちを放っておいてくれ!ワームモンを捕まえたのは悪いと思ってる。謝る!!ただもう少し……待ってくれ。俺たちのパートナーデジモンは、まだ幼年期なんだ」

小屋の中の薄暗さにも目が慣れてくると、子供たちの傍らにはそれぞれ小さなパートナーデジモンが見えた。小さな丸い体で、それぞれ子供たちに寄り添っている。

「賢ちゃん、この子達ほんとに可哀想なんだよ。家に帰ったらぶたれちゃうんだ」
「でも……ここでこのまま子供だけで暮らすなんて……」

一乗寺くんは言葉を切る。過去の記憶がうっすらと戻ってきているらしい。何ヶ月かデジタルワールドで暮らした記憶。大輔くんは、はっとしちゃって一乗寺くんを気まずい思いで見ているから、そういう時はいつもボクが口を開く羽目になるんだ。

「君たち……学校とか、どうするつもり?いくら両親が厳しいからって居なくなっちゃうってのはまずいでしょ?」
「家に帰ったら殺される!」

間髪居れず、薄汚れた小さな子供が叫んだ。その声で周りの子供たちも軽いパニックに陥り、小屋の中が騒がしくなる。

「殺されるって……大袈裟な……」

あっけに取られた大輔くんが呟いた声に、小屋の前に立ちふさがる子が冷静な声で答える。

「大袈裟でもなんでもない。現に流花は右手を骨折したまま病院にも連れて行ってもらえず、もうそのまま固まっちゃってる。紫苑は体中火傷の痕だらけだし。痣や擦り傷はそれこそ毎日のように……それに俺たち、学校なんてもうずっと行かせて貰ってない!」

小屋の子供たちが怯えたようにすすり泣き始めて、ようやくボクは、この事態を自分たちではどうすることも出来ないんじゃ……と思い始めた。こういう子供たちが存在するってことは、今まで知らないわけじゃなかった。でも身近に居なかったから、それまでちゃんと考えてみた事も無かったんだ。実の親に虐げられて、命の危険さえ感じているという子供の事を。

「だから賢ちゃん……。この子たちのパートナーデジモンがもう少し成長するまで、僕はここに居たい」
「ワームモンがそう言うなら、オレたちだって一緒に……なぁ?」

ブイモンがしがみついてた少年の体から手を離して、パタモンに頷き掛ける。一乗寺くんの体からはふうっと力が抜けて、彼はそのままがっくりと地面に膝を着いた。ワームモンの決意が固いのを知ってショックだったのかもしれない。子供たちとワームモンがそうしたいって言うのなら、もうボク等に出来ることは無いよ。ボクはもう帰ろうって言いかけた。

「あ、あのなー!それでもやっぱ駄目だよ。ここに逃げてちゃ」

大輔くんの声に、一乗寺くんがゆっくり顔を上げる。大輔くんの次の言葉を促すように、一乗寺くんの目には再び意志が宿り始める。

「俺、良くわかんねぇけど……家が駄目なら施設とか?そんでちゃんと学校行かなきゃ。家が最悪でも、学校で友達に会うと元気になったりすっだろ?勉強はヤだけど、必要な事なんだろうって思うしよ」

すごい正当論に眩暈すら起こしかけて、ボクは足を踏ん張った。言わないで済むなら、こういう問題に言及するつもりは無かったけど、そうも言ってられない状況だった。

「大輔くんの意見はもっともだよ。でも……一時的な緊急避難も大事だ。この子達がそんなに危険を感じてるなら、無理に帰したら本当に最悪の結果になっちゃう」

ボクと大輔くんで、意見が真っ二つに分かれる。一乗寺くんは……。どんな判断を下すのだろう。少年も子供たちもボク等が次に何を言い出すのか凝視している。しばしの沈黙。

「遅くなってすまない、君たち!!」

その場の雰囲気を一瞬で覆す突然の声に、その場に居た全員の目が注がれる。ゲンナイさんと、大輔くんのお姉さんと丈さんのお兄さん。あとは見た事ない顔の何人か……がそこには立っていた。これには大輔くんだけでなく、ボクもものすごく驚いた。

「ゲンナイさん!今までどこに?」
「いや、すまなかった。新しい選ばれし子供たちを呼び寄せていたんだ」
「姉貴が選ばれし子供ォ〜?」
「何よっ!失礼ね。でも、実際子供……って訳じゃなさそうね、アタシたち」

ゲンナイさんは、少し前まで子供だった新しいメンバーにてきぱきと指示を出して、彼らはそれに従って迅速に行動を始めた。実際に何が行われたかと言うと、泣いていた薄汚れた子供たちを小屋の外に誘導して、体の状態を調べる。手当てが必要な子供にはそれに見合った処置が行われ、明らかに栄養が行き届いていない子供には、栄養補助剤のようなものが与えられる。ボク等は急な展開に付いていけず、どうすべきかにも頭が回らずにただぼんやりと立ち尽くしていた。












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