最後まで音を探そう








砂塵に捲かれて僕は一人、膝を抱えて座りこんでた。もうどれくらいそうしてたのかも分らないくらい。時間はただ音もなく過ぎていき、行く宛てもなくその場を立ち去る事も出来ず、ただそこにいた。見上げると微かにけぶる月が、あまりそぐわない淡い紫色の空にそこだけ貼りつけたかのように輝いてた。僕は膝に顔を埋めた。もう僕の側にはあの子は居ない。消えてしまった、跡形もなく。それはまるで幻のように。僕を呼ぶ声、甘えて足元に縋りつく感触がこんなにも生々しく蘇ってくるのに。





「なに、してんの?こんなとこで」

いつからかそこに誰かが立っていたかも、気付かなかった。聞き覚えのある声に、僕の体が我知らず強張った。だってその声は。闇に付け込まれる僕の弱さを責めて、その闇の力を何よりも嫌悪する彼の声。

「なにしてるのって聞いてるんだけど」

声に苛立ちが含まれてるのを察知してしまい、ゆっくりと顔を上げた。そこにはまるでそんな事を露ほども感じさせずに、にこりと微笑んだ高石岳が立っていた。

「なんにも……ただ座ってるだけ」

高石の立ってる場所、窪んだ砂地を見つめたままで、僕は感情の篭らない声で応えた。ほんとはかなり動揺してるんだけど、それを素直にあらわすのは少しばかり癪だったから。

「ふ〜ん」

高石もなんの感情も読み取れない返事を返した。そこで、会話は途切れた。聞こえてくるのは砂の音。さらさらと踏みしめる度に流れる砂の。髪に触れる感触に、びくりと体が揺れてしまった。咄嗟にその手を逃れて、高石を見上げた。

「砂塗れだよ?髪も体も」

何が言いたいのかわからずに見つめてしまい、どうしても身構えてしまう。

「そんな怯えないでよ、なんにもしやしないから」

怯えてる?この僕が?思わず思った事がそのまま口をついて出てしまった。

「怯えてなんか……」

その言葉は、高石の手が伸びてきたのを認めた途端、途切れてしまう。手首を掴まれて、慄いてしまう。

「パートナーを失って始めて自分のやってきた事の罪深さに気付いた?それも今となっては遅いんだって事も。いくら悔やんだって元には戻らないんだよ。君がやって来た事はもう取り返しがつかないんだ、いくら泣いてもね」

「泣いてない!」

手を振り解こうともがきながら、叫んだ。高石の目が何か哀れむように僕を見て。

「自分でも気付いてないの?」

手首を掴んでた高石の手が僕の頬に触れた。指が滑って目尻を拭うと、高石の指先から雫がぽたりと重力にしたがって落ち、砂に吸いこまれて消えた。

「なんで、声も出さずに一人でそんな風に……」

頬に添えられた手が嫌で振り払うと、僕は駆け出した、ずっと同じ姿勢でいたせいでからだが固まってしまっていた事も忘れて。途端に砂に足を取られて無様に転んだ。そのまま置き上がる事もせず、砂を掴んで、僕は声を上げて泣いた。あまりに無力で自分を呪った。自分が消えてしまいたかった、あの子の代わりに。

「優しい言葉なんかいらないよね、泣いてもなにも変わらないって気付くまでそうしてれば?」

なんで側にいつまでもいるの?ひとりにしておいて欲しいのに。大声で泣いて、息も絶え絶えになって、苦しくて砂混じりの空気を吸いこんで、むせってまた泣いた。いつまでもそうしていて、しまいには後悔も懺悔の言葉も何もかも消えうせて、胸の中がからっぽになって、ただただ喪失感にうめいてた。突っ伏して濡れた顔に砂が貼りついたのを払う気力さえもなくして、起きあがろうとしたらよろけた腕を高石が掴んで、僕の体を引き上げた。いい加減帰ったものだと思っていたのに。僕の汚れた顔を簡単に拭って、何故だか爽やかな笑顔を。

「死んで償おうなんて安易な事考えないで欲しいんだ。君はこれから生きて罪を償うんだ。それを僕が見届けてあげるからね」

どこか背筋が寒くなるような、そんな感覚に僕は震えた。腕を支える高石の手は暖かく僕を導いてくれるけど、言い知れぬ不安を抱えて僕は俯いて歩いていた。足が上手く前へ進まない。全身から力が抜けてつんのめりそうになる度、腕を掴んだ力が僕を引きとどめて、そして僕はぼくらの行くべき場所に戻って行った。





眩い光に包まれながら、どこかしら恍惚とした不思議な気持ち、僕の行く末はきっとこの先予想もつかない方向に進んでゆくんだなんて考えたらなんだか自棄ななかに清々しささえ感じてしまい、少しだけうっとりした。抗う事は止めて、流れに身を任せよう。繋いだ手がきつく握られて、なんていうのか……。胸のあたり掻き毟りたいような、泣きたいような。
……僕の今までして来た事、罪を全て償うには僕の一生掛けても足りないだろうとは分ってはいたけれど。なにがあっても目を背ける事なく前へ進んで行けたら。

この手を握り返せる日がいつか来るんじゃないかなんて。即座にその考えを頭の中から追い出そうとして、でも微かな暖かさが胸の中にほんのり宿って、我ながらなんてご都合主義なんだろうなんて喉の奥がきゅっと締めつけられた様に苦しくなった。目を開けているのが辛くなって目を閉じた。直に現実の世界、竦んだ心を奮い立たせて僕は僕に出来る事から始めよう。胸元を握り締める指にいっそう力を込めて、僕は瞳をゆっくり開けていった。









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