MOONSTRUCK NIGHT



シャツの裾から手を忍ばせて、胸からお腹に掛けてゆっくりと撫で擦る。一乗寺くんはさっきからくすくす笑い。ひんやりしたすべすべの肌、ボクは調子に乗って掌で存分に撫で回す。どうして嫌がらないの?どうしてボクを押しのけて部屋から逃げ出さないんだろう。



ふざけてじゃれあう内にそれがエスカレートして、服の中にまで手を入れる事があっても、今まではほんとにやましい事なんて何も、誓ってボクはしていない。だって出来る訳がないじゃない。いつも大輔くんにちょっかい出されて、真っ赤になって怒ってる一乗寺くんを毎日のように見ちゃっていたら。それは例えばすまして真っ直ぐ前を見て廊下を歩いていると、後ろから来た大輔くんに髪をぐちゃぐちゃに掻き回されたりとか、きちんとズボンにしまったシャツの裾をだらしなく引き出されちゃったりとか―――彼なりの親愛の情を表す行為の一環なんだろうけど―――ほんとに小学生かっていうような他愛も無いイタズラ。前はあんな子どもっぽい事、いくら大輔くんでもしなかったのに。いつから頻繁になり始めたんだろう?

「最近大輔が子供みたいでほんと困る」
「それは今に始まった事じゃないと思うけど?」

つくづく呆れたって風に一乗寺くんが呟くから、ボクはちょっと面白がってそう返したら、彼は心底嫌そうに頭を振る。細い指が神経質そうにシャツのボタンをいじるのにボクの目は釘付けになる。良く見たら、ボタンは今にも糸が千切れちゃいそう。ボクの視線に気付いて、一乗寺くんは溜め息と共に。

「毎日引っ張られて、このシャツいつまでもつのか不安を覚えるよ」
「あはは!まったく洒落にならないよね!」

いーからやり返しちゃいなよ。たまには大輔くんも痛い目に合わなくちゃ駄目なんじゃない?とかなんとか、無責任にボクが煽っちゃったもんだから。一乗寺くんと大輔くんは、放課後になって教室の後ろで掴み合いになってたのをクラスメイトに分けられて。そんで今ボクの部屋には、無責任な煽りを真に受けちゃった当の本人が来ているという訳。少なからず責任を感じていたボクは、向かいに座ってる一乗寺くんにおずおずと切り出した。

「なんというか……ごめんね」
「君が謝る事ない」
「でも大輔くん、ちょっとショック受けたって顔してたし」
「いいんだよ、少し反省すればいい」

そういう一乗寺くんの顔だって、威勢のいい言葉とは裏腹に随分沈んで見えた。ボクはこれ以上、何を話しかけたらいいのか分からない。実のところ、ボクがあんな物言いをして一乗寺くんをたきつけたのも、彼らの仲が少しばかり拗れたらそれはそれで面白いかななんて思ったせいでもあるし。まるで小さな子ども同士がじゃれあってるみたいな、子犬や子猫がころころと絡み合ってるような、そんな雰囲気をボクは大輔くんと一乗寺くんの間柄に感じ取っていた。正直なところ、心中穏やかではなかった。その思いを自分でも持て余し気味で、かといって誰かに相談するために言葉にするにはあまりにも困難を極めた。
いったいどちらに嫉妬しているのかさえ、定かではなかったのだから。

「ええと……」

言葉が続かない。俯いてた一乗寺くんが真っ直ぐボクを見つめてくるものだから、ボクは固まったみたいに突っ立ったままで。慌てて言葉を探す。この場にふさわしい言葉なんか見つかりっこない。表情の消えた整った一乗寺くんの顔を目の前にしちゃったら。ボクはどぎまぎと視線を外した。ややあって、一乗寺くんは静かな声で語りだした。

「思えば、大輔があんな事を始めたのは、一週間ほど前に喧嘩をしてからなんだ」
「……喧嘩?」
「喧嘩とはいえないかもしれない。本当に些細な行き違いで……」

行き違い。些細な行き違い。本当にそんな事が理由なんだろうか?あの大輔くんがそんなことを根に持って、一週間も嫌がらせともつかない愚行に及ぶなんて思えない。そんな事に思いを馳せていると、目の前の黒い瞳は瞬きも忘れてボクを見つめてくる。いやだな。僅かに心拍数が上がるのを感じる。

「その行き違いってのに、何か鍵が隠されてそうに感じるんだけど」

一乗寺くんはゆっくりと瞼を閉じる。再び露になる黒い瞳からは感情が読みとれない。

「それは……言えないな」
「言えないような事なの!?」
「何となく言いにくい」

ボクは内心舌打ちでもしたい気分で下を向いた。これじゃ、相談に乗ってるとはいえないよね。激しい疎外感にさいなまれる。だったら二人で解決すればいいんじゃない。ボクは肩を竦めて、溜息を一つ吐く。そして椅子から立ち上がり、何とも無いって風を装った普通の声を出す。

「じゃ……気分も落ち着いたようだし。……帰る前にお茶でもどう?」
「高石!!」
「だって、ボクだけ事情が分からないんだもん。アドバイスのしようが無いでしょ!」
「アドバイスが欲しいわけじゃないんだ」
「じゃ、なんだよ!!」

ああ、ボクだけが激昂してる。ぎゅんって頭に上った血がボクの中の何かを刺激する。一乗寺くんはわざとボクを怒らせてる。怒るような物言いをする。どうしたら一番効果的にボクを苛立たせることが出来るのか、重々承知してるんだ。そうでなけりゃ、こんなにもボクが。一番向き合いたくない感情に気付かされる。

「高石……僕は―――」
「ちょっと待ってよ」

言い掛けるのを途中で遮ったら、血の気の失せた白い顔はみるみるうちに赤味を増していく。ああ、いやだ、君はいつだってボクを動揺させる。うろたえて視線を彷徨わせたボクの視界の端、白いシャツが眩しい。ボタンが取れかかっていた例のシャツは、いくつかのボタンがちぎれて無くなっていた。意識するともなしに、ボクはそれを凝視してしまう。むくむくと胸の内を覆う不快感。そして唐突に気が付いた。ボクは今なら分かる。ボクをたまらなく不愉快にさせるこの感情は、このまま行けばきっと自分自身を押し潰してしまうだろう。なんでよりにもよって君なんだ?せめぎあう二つの心。もう一人の自分が断言する。こんな感情ぶつけられたら、一乗寺くんだって困るだろう。第一ありえない。普通に話をしたり一緒にどこか出掛けたりじゃなく、それ以上の事を望まれているなんて。 黙ってしまった彼に焦れて、ボクは不機嫌になる。大輔くんはどんな風に君に触れるの?呆れながらも怒りながも、どうしてそれを最終的には許してしまうの?言葉にならない思いは膨れ上がって、ボクの最後の砦をいとも容易く乗り越えてしまう。嫉妬でボクは焼ききれそうになる。ああ、ボクはこのままじゃ膨れ上がってねじくれておかしくなってしまう。気が付いたらボクは一歩足を踏み出していた。



そんな不穏な空気を感じ取った一乗寺くんの表情が曇る。僅かに後ずさる。そんな事には構わずあっという間に間合いを詰めて、小さく身を竦ませる一乗寺くんを見下ろす。顰められる眉の形、眉間の皺。ボクを間近に写す瞳。

「そんな顔しないでよ」
「高石が変だからだろ」
「今更だね」

黒い髪に触れる。黒い瞳が僅かに揺れるのを見る。何度となく撫でてそれに満足すると、ボクは一乗寺くんの肩に手を置いた。ボクも大輔くんと変わらない。友達なのに。君の気持ちなんて二の次なんだ。

「ボクにも触れさせてよ」

耳元で囁いたら、そんな事を言われるのが予想外だったとみえて、一乗寺くんは目を見張る。そのまま何も言わないから、ボクは焦れて一乗寺くんのズボンのウエストからシャツの裾を引っ張り出す。慌てた一乗寺くんはボクの手を掴んだ。

「どういうつもりだよ?」
「どういうって……う〜〜〜ん……くすぐりっこ?」
「え?!……あっ!!」

シャツの中に掴まれてないほうの手を突っ込んで、軽く脇腹をくすぐってみたら、一乗寺くんはその刺激で身体を撓らせる。ボクのもう片方の手を掴んでる指先に力が篭る。やばい、これ結構くるかもしれない。ボクは頭の中で逡巡する。まだ今なら引き返せる。でもこれを超えてしまったらもう引き返せない。そんなぎりぎりの線。脇腹の肋骨の浮き出たラインに沿って指で辿る。

「馬鹿!高石、離せよ」

身を捩りながらも、まだ一乗寺くんの目が笑ってる。その目を見つめながら、ボクの指は胸に辿り着く。

「くすぐったい?降参?」
「何の真似だよ……大輔と変わらないな」
「変わらなくないよ」

何かを問いたそうな表情も一瞬の後に歪む。ボクが一乗寺くんを床に押し倒したから。一気にシャツとその下のTシャツを捲り上げる。呆気にとられて微動だに出来なかった一乗寺くんも、ベルトを外される段になって慌てて半身起こそうとする。そして、ボクは嘘みたいに柔らかな唇の感触を味わった。温かくてぬめる舌に意識がぼうっと霞む。髪に差し込まれる指の感触。かあっと血が上る。頼りない感覚、確かに手の中に息づく感触。自分以外の体温をこんなにも近くに感じる。それがもたらす奇妙な高揚感。意識の底を擽る快感に存分に酔いしれて、ボクは淡い陰りに口付けた。声を、息遣いを、敏感に反応するそれを、ボクは堪能する。今だけは誰よりも何よりも一番近いところにある温もりが、ボクにこれ以上ない至福をもたらす。終焉を恐れながらそれでもボクは、高みを目指さずには居られない。幾度となくボクの名を呼ぶ声に、とっくに理性の箍は外されていたのだから。瞼の裏に火花が散る。終わりが近い。終らない永遠を願いながら、ボクはもう一度柔らかな唇にキスをした。





                                        END

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