雨は祈りとなって







「ねえつまんないよ」
「つまんないね」

ベッドを背にして床に座り、隣にボクの大好きな君。窓の外はしのつく雨。どこにも行かないで、退屈な午後。する事の何もないボクは隣に腕を伸ばして、真っ直ぐな黒い髪をさらさら弄ぶ。本に目を落としたまんま、ボクの好きなようにさせていてくれる君。

「君は退屈だろ?」
「そういう君は退屈?」

ようやくボクを見つめてくる。いつもとおんなじ、静かな瞳の中を覗きこむと、歪んだボクの顔が映る。せっかく会えたのにどこにも行けない、こんな天気じゃ。

「退屈じゃないよ、だって一緒に居れるだけで」
「じゃ、もう少しこうしていよう」

雨音が支配するボクの部屋。いつも言いたいことの半分だって伝わらない。伝わらないまま、会えない時間を埋め合わせるように、僅かな時間を食いつぶすボク等。白い横顔、目を閉じても瞼の裏にくっきり浮かぶほど、飽かず眺めて、ボクの脳裏に取りこんで。そうしてボクは立てた膝に顔埋めて、すっかり君を憶えてしまおうと。しばらくそうしていて、ふとボクは顔上げて呟く。

「雨は止んだんだろうか?」
「止んだのかもしれないね」

君の視線も、一瞬宙をさ迷う。ボクは立ちあがって、窓の所まで。水滴を撥ね散らかせて、窓を開け放つ。じっとりと密度の高い空気がボクの体を包んで、きっと今の大気はいつもの倍も濃いんじゃないかと思う。

「雨に洗われた街はまるで……」
「まるで……何?」

思わず呟いたボクの隣には、いつのまにか君が立っていて、言葉の続きを促してくる。並んで立つと、ほんの少しだけ君が見上げる恰好になる。そんな些細な事がボクを有頂天にさせるという事を、君は知らない。ボクは自分の狭量さに呆れつつ、胸の中に広がる甘い感覚を思う存分に味わう、たゆとう、それに溺れる。

「まるで新品同然だねって」
「あははっ」
「……何で笑うかな?」

お互いの距離を詰めて、伸ばした腕の中に閉じ込めると、君の笑顔がすっと消える。いつもこうなった後で何が起こるかを知ってる君は、体を強張らせて逃れようと身を捩る。いつまでも慣れない君。

「ねぇ……」

耳元で煽るように囁けば、途端に君の体は竦んでしまう。怯えた視線がボクを雁字搦めにする。君の不安がボクにも伝染してしまい、ほんの少しだけ怖くなった。君を抱けば、世界との繋がりが希薄になるのを感じる。だけどそんな世界にボクは何の未練もないから。だからどうか君も……。唇を強引に重ねつつ体重を掛けて、二人ベッドに倒れ込む。開け放たれた窓から、雨上がり特有の湿っぽい新しい空気が流れ込んで来るから、君は窒息しないから。浅い呼吸に上下する薄い胸を撫でさすって宥める。不安にかられて黙り込んだ君の髪を梳き、そこに口付けて緊張を解きほぐしながら。



「ボクの事好き?」

揺さぶりあげると、ぐったり力の抜けた体が撥ねて、掠れた喉から大きな声が上がる。白い脚の間を伝い落ちる温もり。ほとんど意識を飛ばし掛けてる君を、ここに繋いでおくための問い掛け。瞼を開けるのも難儀そうなのに、君はボクを見て頷く。君の唇指で辿って、震える赤い舌を探る。

「言葉にして」
「……好きだよ」
「ボクはもっと君が好き」

ボクの言ったこと、絶対に忘れないで。ボク等はいわば表と裏、光と影。孤独の意味を知り、一人じゃ居られずに寄り添っていても、それだけじゃ満たされない。言葉ももどかしく飢えを癒すように、ほんのひととき体を繋ぐ。ボクは君の視点から世界を見、君はボクの視点から世界を知る。それでやっと物事の本質を知る事が出来る。ボク等は未完成。

「いつかボクは、欠如した部分を一人で補って生きていけるだろうか」
「人はみな完全ではないよ」
「……夢も希望もないじゃない」

少し気だるい君は俯いて微笑み、隣に体を横たえていて。いつも覚醒してる意識が、ようやく僅かにぼんやりする。疲労困憊してまどろむこんな瞬間に、ボクは思う。いつか完全に満たされたボクが、君の隙間を埋めてあげる事が出来るといいな。ひび割れた大地を潤すやさしい雨のように。





end






                              

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