FLY AWAY    3








一体これはどういう事なんだろう?喉をのけぞらせ、自分に覆いかぶさっている相手に、僕は必死にしがみついて。体は僕の心を置き去りにしていく。心を形作る大元、その自我さえ、最早崩壊寸前で、全てが僕自身を裏切るのだ。高石はいつも、僕が自分の罪を忘れて浮かれた気分になりそうになると、冷ややかな視線で僕の目を覚ましてくれる。と同時にあの目に晒されると、どこか居たたまれない落ちつかない気持ちになったものだ。今はその目が僕の理性を奪い去ろうと、静かに青く燃え上がっているようで、恐れと同時に高揚感が僕の空虚な心を満たす。

「ああっ!」

急速に昇り詰めて、頂点が見えたと思う間もなく。僕は坂を転がり落ちて行くかのような空しさに覆い尽くされた。体はいまだ諦めきれず快感をむなしく追い求め、揺らめいてしまう。荒い呼吸を繰り返し顔上げると、高石は肩で息をして。さっきまで一緒に握り込まれて擦り上げられていた高石のそれ、今はどちらのものともわからない白濁にまみれて。波に浚われ今一度こうして意識がはっきりとしてくると、かなりの羞恥が僕を襲う。僕の視線に気付いて、口の端きゅっと持ち上げ、高石は僕に笑い掛ける。頬が熱くなるのもそのままに僕は。やさしく抱き寄せられて、また心臓が一つ飛び跳ねる。抱きしめられた時の人の肌の温もり、穏やかに上下するすべらかな胸。僕は何だか喉元まで一杯になって、高石の胸元、顔埋める。やさしく髪を撫でられる感触、そうされる事が少しも嫌じゃなく。

「ね、全然違うでしょ?」

頭の上から降って来る穏やかな声、何が?って一瞬考えこんで。

「ああ……」

思い当たって、でも素直に認めるのも何だか癪だし、これだけ誰かに好きなようにされたのも初めて。

「良く分からないな」

「えっ!?」

高石が吃驚して僕を見る。

だって君、あんなに……」

僕は冷たく一瞥、高石の言葉を途中で遮る。

「僕はもう帰るよ」

呆気に取られて僕を見た高石が、立ち上がりかけてた僕の腕をすんでのところで掴む。勢いつけて倒れ込んだところで腕の中、がっちりと捕まった。

「顔赤いよ?」

視界一杯に、いじわるそうなニヤニヤ笑い。派手な音立てて、食いつかれるみたいなキス、何度も額に頬に。しまいには避けきれなくなって諦めた。もう一度僕の決意を崩そうと、青い瞳が近づいて来る。その中に浮かんだ奇妙な色、確認したいと。でもそれが形になる前に僕の思考は停止した。



*********





絶え間無く聞こえて来る電子音、その正体が突然何なのかわかって。頭の中で回線が急速に接続されたみたい、素早く起き上がって音のする方に手を伸ばす。剥きだしの腕、肩そして。内心かなりの動揺感じて、でもDターミナルを開く。視界の端に高石の裸の背中。ああ……いつのまにか眠ってしまって。確認したら、それは本宮からのメールだった。

『せっかく楽しみにしてくれてたのにごめんな』

何に対してごめんなんだろう。花火が見れなかった事。僕とはぐれてしまった事。僕が怒って帰ってしまったと思って、それに対する謝罪。二人で楽しく過ごす筈だった時間を惜しんで。すぐに返事を打とうとして躊躇する。怒ってないって?それとも許さないって。今の僕の気持ちはそのどちらでもない。強いて言えば、僕の中は今は混沌としている。たった数時間前の出来事が、僕を変えてしまった。今までの常識を覆してしまった。もう元には戻れない。しばらくそのままで手の中の端末を見つめる。結局何も打たずに、散らばった服を集めて、身に着けてそっと立ち上がる。部屋のドアを開けようと手を掛けた瞬間、背中から掛けられた声に僕は凍り付いた。

「帰っちゃうんだ?」

ゆっくり振り向くと、片腕を枕に高石が僕を見ていた。

「うん、そろそろ人も減ってきただろうし」

平静を装いつつ答える。片腕を支えに高石は体を起こす。ベッドが軋んだ音を立てた。何一つ身に纏っていない裸体、僕は見てられなくて目を逸らす。そして近づいてきた高石に抱きしめられる。

「大輔くんのところに行くの?」

「まさか!」

こんな時間、しかも僕はかなり前に家に帰ったはず。大袈裟に安堵の息吐く君は、いったい何を考えているんだろう。

「もう遅いから泊まっていきなよ。君が自虐趣味でなければ。の話だけど」

僕の肩に手を置いて変な忍び笑い。何がそんなにおかしいんだろう。いぶかしんでる僕に極めつけに、堪えきれないって風な笑い声向ける。

「何だよ!」

ごめん、だってと伸ばされた手が僕の頭に。

「髪がぐちゃぐちゃだよ。それで外行くつもり?」

慌てて撫でつけながらも僕は脱力して、いまだに笑いの発作に揺れてる高石に一緒に揺さぶられながら、呆れた視線を。

「そんなに笑わなくたって」

「だって君、抜けてるんだもん」

意外だよね?突然引き締められた唇、僕のに重なって。抜けてるのはどっちだか、素っ裸で平気。恥ずかしいとは思ってないんだろうな、均整のとれた体惜しげも無く晒して。

「何?珍しい?」

高石は薄く目を細めて、僕は意識を引き上げる。視線の先に気付いた高石が言外に含ませた意味、僕は慌てて首を左右に振る。

「下も金色なんだーって?」

頬が熱くなって視線を迷わせる。

「じろじろ見られるのには慣れっこだし」

それに君に見られてるなんて感じちゃう。笑いを含んだ声音、どうしていつもそんな風に。ほんとは平気な筈ないじゃないか。何をしてても誰かの視線に晒されて、一挙手一投足、それこそ立ち居振るまいの全てに神経行き届かせて。

「高石も辛かった?」

熱い頬包み隠さず、僕はまっすぐに見つめる。

「それって同情?」

こんな場面には、およそ似つかわしくない高石の笑顔。

「そんなつもりじゃ……」

「いいよ。どんなつもりだろうと。君がボクを見てくれるなら」

言葉とは裏腹、微かに透けて見える傷ついたような空虚な瞳。見てられなくて目を逸らす。

「帰らないでよ、もう少しだけ」

ちょっと鼻に掛かった声。僕はもうそれだけで足が動かない。高石が僕にしがみついて、顔を埋めてくる。条件反射みたいに僕は高石の頭を撫でて、柔らかい金色を存分に。胸の奥ツキンと痛みが走って、しばらくそのままで僕らは抱き合ってた。








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