天使も踏むをおそれるところ





6


『僕はまた夢中遊行している』


明るいパステルカラーの大きな遊具が並ぶ一角に、その小さな広場はあった。
『ここだぜ』
案内のエレキモンが、鳥の巣のようなゆりかごに入った水玉模様のデジタマを指(というより、爪だろうか)さす。
『うわあ』
キミは歓声を上げる。ボクは誇らしい気持ちで一杯になる。そうだよ、ここを見せたかったんだ。
『何が生まれるんだろう?』
初めてのジョグレス、一生懸命育てて、一緒に戦ったデジモン達が進化の限界を迎えて、二体揃ってデジタマモンの店の奥に消えた時、キミは少し涙ぐんでいた。ボクは見て見ぬフリをしたんだけど、パタモンが見ようによっては鼻で笑ったみたいなクシャミをして、ワームモンが怒っちゃった。
『ケンちゃんは優しいだけだよ!』
触角を立てて威嚇するワームモンをケンくんが宥める。ボクも正直一緒に戦って、大丈夫かなあ、なんて。でもボクだって前は泣いてばかりだったんだ。
『心配しないでよ、大丈夫だよ。ね、パタモン』
先輩風を吹かすのって結構楽しい。ヒカリちゃんは、デジモンワールドの事なんだって知ってるみたいだったし、それに太一さんがいたから。
『そうだよ、ボクだって』
なかなか進化できなくて泣いちゃったよね、タケユ?パタモンがボクを見上げる。この世界でもまた、パタモンは進化するのが難しいんだ。新たな敵と皆が戦うために紋章の力が使われて、パートナーの力ではなく、デジモン達の経験値が進化の力となる。その為にボク達は、パートナーというより、トレーナーとしてデジモン達を育てなければならない。
『こわくないんだよ、ケン、デジタマになるのは』
緊張した面持ちのケンくんに、パタモンが語りかける。
『ふわぁってあったかくていい気持ちなんだ。それにボクはタケユを信じてたからね。ね、タケユ?』
『ボクもだよ、信じてずっと待ってた!』
ふかふかの体を抱き締めて、ぐるぐる回す。きっとまた会おうって約束したんだもん。ホントにまた会えて、紋章はなくなってしまったけど、そんなのアポカリモンに壊された時だって大丈夫だったんだから。空色のおっきな目を覗き込む。笑ってるボクが映ってる。ケンくん達の前だって事思い出して、テヘ、なんて舌を出して誤魔化して。ケンくんも笑ってる。真っ黒な目を細くして、あんまり声を出さないで大人みたいに笑うんだ、ケンくんって。ボクと同じ三年生って言ってたけど。
『あのね、ケンくん』
ボクは早口に名前を呼ぶ。
『何、タケルくん』
『デジタマってね、こうしてなでなでしてあげると早く孵るんだよ』
照れ隠しに、水玉模様のタマゴを抱き上げる。見た目よりずっと軽くてほんのりあったかい。
『ケンくんもなでてあげてよ』
おっかなびっくりの細い指が伸びてくる。ケンくんはボクよりずっと背が高くて、三年生だって聞くまでは四年生、ひょっとしたら五年生かも、なんてさ。だって光子郎さんより高いと思うよ、それに胸の所にバッジのついてる白いシャツにグレーの長ズボン。夏に長ズボン穿いてる子なんてあんまりいない。すごいねって言ったら恥ずかしそうに笑って、制服なんだって言った。お台場小学校の子じゃないんだ。ボクとおんなじ、余所の子なんだ。八人の中で、ボクだけ三軒茶屋に住んでる。ゲンナイさんに呼ばれて、用事が終わって帰る時に、お兄ちゃんがタケルは三軒茶屋に帰してくれって言ったんだ。そのせいかな、ボクだけこの世界に紛れ込んでしまったのは。ビックリしたよ、人間の子供が幼年期相手に。幼年期だよ?泣きそうになりながら虫みたいなデジモン抱えて戦おうとしてるんだもん。
『技!技出して!』
ボク、思わず叫んじゃったよ、そしたら虫みたいなヤツがさ、ボクを睨んで、つーん、て。なんだよ、コイツ。幼年期相手に苦戦してたクセに〜!
なんとか戦闘終わって、その子がありがとうって。それで、なんだかもじもじしてるもんだからさ、とりあえず手近な木に扉なんかあったりして、こういう時ってそこに入っちゃえばいいんだよ、だってデジモンワールドなんだもん。その子を、ケンくんっていうんだ、とりあえず行こうよって促して扉くぐって、そしたらやっぱりデジモンの町でさ、冒険の予感にボクはうきうきしちゃって、でもパタモンいないしで。そしたらゲンナイさんに会ったんだよね。ゲンナイさん、ボクの顔見てビックリしちゃってさ、オヌシは一体、なんて言うんだ。紋章がなくなっちゃったからボクなんかもう用済みで、忘れられちゃったのかと思ったら涙出てきそうになって、ボクだよ、タケルだよ、って、そしたらゲンナイさん、
『フムフム』
ってパソコンでかちゃかちゃやってさ。それで
『あい、わかったゾイ』
とかって一人で納得して。
『ちょっと待つがいいゾイ』
とか言われて変なマシンがブィ〜ンってなって、パタモンが現われた時にはボクはもうぐちゃぐちゃに泣いちゃってたんだ。パタモンは
『あれ?タケユ?ここどこなの〜』
なんてのん気な声出してるし。ゲンナイさんはケンくんと虫みたいなデジモン(ワームモンだ、そうだった)に何やら説明してて、ケンくんの顔が決意に引き締まっていくのがよくわかった。
『それからオヌシじゃが』
解説の光子郎さんがいないからゲンナイさんの言ってる事ってなかなかわかんないんだけど、つまりなんていうか、この世界のゴタゴタが治まるまで、ボクも元の世界に帰れないかもしれないって。
『努力はしてみるがの』
ってゲンナイさんは言った。このゲンナイさんはボクの知ってるゲンナイさんじゃないらしい。
『がんばろうね』
ケンくんが握手の手を差し出した。最初の冒険の時、ボクにはお兄ちゃんも太一さんも、それから丈さんや空さん、光子郎さん、とにかく年上の人がたくさんいて、助けてくれた。だけどケンくんは一人だ。いつまでこの世界にいられるかはわからないけど、ボクはデジモンワールドでは先輩なんだから。
『うん!』
ぎゅっと力を込めて手を握る。ケンくんが嬉しそうに笑う。虫みたいなヤツが
『ケンちゃん、早く行こうよ』
って、握ってた腕によじ登ってくる。・・・なんか痛そう・・。でもケンくんはちょっと眉をしかめただけでにこにこ笑ってて、やさしい子なんだなあって。











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