天使も踏むをおそれるところ





16


「君は前に・・言ったじゃないか」

一乗寺くんはバカじゃない、アレだのソレだので全部説明した気になっちゃう誰かじゃない。だから、いくら言いにくくてもその先を続けざるを得ない。

「闇の中に・・希望の光があれば、と」
「へえ・・なるほどね」

確かに言いにくいよね、すっごい恥ずかしい台詞だもん。言った本人がその後どれだけ悶々としたか。精一杯のアピールはもちろん間違った方向へ向かったわけで、そりゃあ変化球なんだから、小学生は変化球なんか投げちゃ駄目なんだから。ボクの声の調子がちょっと位嫌味っぽくてもしょうがないよ、ありがたい紋章のチカラ、それが答えだったわけか。

「希望の光っていうのはつまり・・」
「ボクとヒカリちゃん?」

もちろん、ボクとヒカリちゃんなわけない、希望だの光だのをボク達が具現化してるなんてことは無いんだよね、ゲンナイさんだってそう言ってたじゃない。紋章はボクたちみんなの資質をそれぞれいわば大袈裟にしたもので、えーと、何だったかな、つまり努力目標みたいなのじゃないのかなってボクは思ってたんだけど。

『もっとも小さき子ども』だったんだよね、ボクは。それだけなんだよ、多分。

一瞬傲然と頭をそびやかし、またうなだれる様を眺める。残酷かもしれないけど、紋章が魔法の護符になるのは思い込みのチカラでしかないってボクは思ってる。その思い込みのチカラを一乗寺くんがどう使うかについてはお手並み拝見としか言えないよ。・・実際には言えないけどさ。

「・・君の気持ちはわかるつもり・・なんだ」

一乗寺くんの語尾が小さくなる。

「けど、こんなやり方って・・」

まるで悔しくてたまらないみたいに、声が震えてる。一体ボクが何をしたって言うんだろう、ボクの気持ちがわかるなんてのは置いておくとしてさ。

「ゴメン、ほんとに言ってる意味がわかんない」

まさか『希望』がこの世界に存在するだけで何かが起こるとでも思ってたんじゃないよね?だったら「一緒に来て」って言うだけでいいじゃない、ボクは三角屋根の紙製の家に誘い込まれる例の虫みたいに喜び勇んでついていくよ?・・なんてほんと、虫のいい話なんだけどね、ボクはそのことを全然キミに伝えられてなくて、機会があればキミを踏みつけにしようと待ち構えてるヤなヤツだとしか思われてないわけなんだし。

「だったら・・どうして」

睨まれたってわかんないものはわかんない。ただ次の言葉を待つしかない。

「君は・・そんな風に、見せつけるみたいに」
「じゃあ、聞くけど。ボクは一体どんな風に見えるのさ」

一瞬だけ見開かれた目がすっと細くなる。

知りたいんだよ、キミにはボクがどんな風に見えるのさ、カイザーだったキミに一番敵意を見せた元敵で、皆の手前仕方ないから口をきいてやる人物?御大層な紋章をひけらかして、存在するだけでちくちく罪悪感を煽る迷惑なヤツ?それとも・・。

「君は・・光り輝いてる」
「・・は?」

どんよりしてる癖になんだか空虚でうすら寒くて実体のないみたいな灰色の世界に、ボクの素頓狂な声が不必要に響き渡る。

「あのさ、紋章とかそういう抽象的な話じゃなくて・・」
「抽象的な話なんかじゃない、君は・・」

大真面目に言い募った一乗寺くんの表情が一瞬固まって、古典的に言うなら頭の横に豆電球、ぽんと手を打つ、その他もろもろの・・。

「・・気づいてなかったのか?」
「だから、何に?」

一乗寺くんの片手がゆっくりと上がって、ボクは反射的に後ずさる。変な宗教の人みたいにボクの額の前に手をかざして、その手が下に移動していくのを目で追う。ボクの身体から10cmの所にある見えない膜を撫でるように、それから持ち主の傍らへ収まるまで。

「君は・・発光してる・・んだよ、ここに来てからずっと。」









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