なんだろう、このちぐはぐな感じ。



もう去年のことになるんだ、なんて時折平気そうな顔で言い合ったり、それでもなんだか。比べちゃいけないんだろうけど、四年前はもっと違ってたような、けどそんなこと言い出せるはずもなく、取り戻したはずの未来は一年目からの異常気象。

これってどういうことだろう?もちろん異常気象のすべてが、あの世界のせいだなんてことはないんだろうけど。

実際どうなんだろう、二度と起こらないなんて保証はそれこそ反証されているわけだし。何をいらついてるんだろう、ボクには予兆なんて見えないってのに。





天使も踏むをおそれるところ





「一度闇に取り込まれてしまうとどうなんだろう、完全に元に戻れると思う?」
場所が場所だから?それだけはではないけど、囁くような声になってしまったボクをヒカリちゃんが訝しげに見る。
「タケルくん?」
「キミの事は信用してるんだ、だからだよ。」
なんだか悪い相談でもしてるみたいに早口になってしまうのはなんでだろう。
「信用って。何言ってるの?もうずいぶん前に」
正確には『誰のことを』なんだろうけど。ある意味そつがないよね。そうか、わかったよ。ヒカリちゃんは疑ってないわけだ。
「そうだね、そうだった」
ボクは手を振って会話の終わりをそれとなく示す。
「お兄ちゃんに話してみる?もうすぐ・・」
「せっかく皆が集まる日に?」
冗談じゃない、やっぱりやめとけばよかったかな、ヒカリちゃんならあるいは、なんて思ったのが。
「それに太一さんも受験でしょ」
「お兄ちゃん、勉強なんて全然」
ヒカリちゃんを笑わせるのは案外簡単なんだ。
「ヤマトさんは?」
「さあ、どうかな、バンド休止ライブの話は聞いたけど」
「いずこも同じ、かな」
毎年言われることだけど、今年も異常気象とやらで。
「お兄ちゃん、夏らしくないからやる気しないだなんて」
今日も一緒に行こうって誘ったのに、とヒカリちゃんはほぼ書き終えたノートを揃えて鞄に入れた。
「帰るの?」
「せっかく晴れたし、京さんとプール行くの。タケルくんは?」
「ボクはもう少し・・調べたい事があるし」
「そう、がんばってね」



立ち上がって振り向きざまに、ヒカリちゃんの明るい茶色の目がボクを覗き込む。
「何?何かついてる?」
「おせっかい虫が一匹」
伸びてきた細い指がボクのほっぺたを捻る。
「ひどいなあ」
「タケル君は人の心配しすぎよ」
「はいはい、せいぜい自分の頭の上の蝿を追う事にします」
「アタシなら、大丈夫だから」
牽制してる?声から笑いが消えた。
「あれから、見てない?」
「全然」
「なら、いいけど」
もし、今目の前で灰色の海に引きずり込まれそうになっても、君はボクには助けなんて求めないんじゃない?呑み込んだ言葉を引き取るみたいに頷く。
「じゃ、またね、八月一日に」
「バイバイ」
「・・タケル君、また背が伸びた?」
言うだけ言っておいて背中を向けて。それってさ、もしかしたら君のせいだったのかもしれないんだよ?サッカーじゃ、とてもじゃないけど太一さんに適わないじゃない。

「さて、と」

頭の後ろ、手を組んで、館内を見渡す。パラパラと並んだ白木の机には、夏休みの友を傍らにゲームに頭を寄せ合う子供が数人、居眠りしてるサラリーマン、ベビーカーがいくつかと、雑誌を見てるお母さん達。仕方ないのかな、もう暗記しちゃった本の配列。とりあえず広く浅く取り揃えましたって感じの。誰もいない一角にボクは視線を走らせる。今日は本を、小説なんかを借りるつもりで来たんじゃないんだけど。資料っていうか、インスピレーションの元になるような何か、だけど。カウンターにはいつもの司書のお姉さん。頭の中には「子供に読ませたい良書」のランキングかなにかがが整然とあるらしく、ボクは彼女のブラックリストに載ってしまったみたいだ。ぶらぶら本棚に近付いて、この手のは人気あるんだよね、なにせ世界のベストセラー作家だもん、すかすかの棚から一冊取って、後ろの解説文に目を通す。



「こんにちは」
ボクの差し出した本を一瞥して司書のお姉さんの表情が少しだけ曇る。イジワルな気分で観察していなければわからない位、ほんの少しだけ。
「ねえ、これはちょっと・・キミには早いんじゃないかな?」
もちろん、貸し出しを制限する権利なんて彼女にはない。ボクの年令や学校名が印されたカードのバーコードを読取りながら、彼女が言う。
「そうなんですか?」
ボクは今更の様に少し驚いてみせる。
「まぁね、キミには少し難しいかな?」


もしボクが「欽定シェイクスピア全集」なんか借りたら、彼女は何も言わないんだろうな、そうでもないか、あれだってセックスと暴力が一杯詰まってる。世の中、そんなもんじゃない?ボクは黙って本を受け取る。別に、そういうのが見たい訳じゃない、もっと手っ取り早くいくらでも、そのものずばりだって見れるんだから。披露はしてないけど、彼女の好きそうなエピソードだって用意してるんだ。これはもう母さんに使った中古品なんだけどね。それに彼女が勧めそうな本なんて、低学年の頃にみんな読んでしまった。年上の仲間達と離れて、あの世界にもう一度行きたくて、類似品を探して。お陰で転校したって寂しくなんかない位の本の虫になっちゃったけど。さっきヒカリちゃんについ言っちゃった「一遍闇に染まったら」なんてのは、皆がお薦めの超良い子ファンタジーからの発想だったんだけど。良い子って不寛容だよね、悪はいつまでたっても、それこそ孫子の代まで。



図書館の外は久しぶりの暑さとアスファルトの照り返しで、帽子なんか役に立つのかなっていう位。さっさと部屋に逃げ込んで、雪の中に閉じこめられた家族の悲惨な運命を、アイスなんか食べながら辿ろう。まだ夏休みは半分も終わってない。八月一日。ボク等の記念日。今年は受験生三人組の盛大な愚痴で始まるんだろうな、それから。ボクはぶんぶん頭を振る。こんな所につっ立ってたら日射病になっちゃう。とっとと帰ろう。長く伸びた影を踏み付けて、ボクは走り出す。










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